イルカが離宮へ戻って半年後、オロチ殲滅の知らせが三代目火影の元に密かに届いた。
さらに数年の時が流れ、ナルトがクラマを受け入れる器として正式に認められた事により、長きに渡るイルカの封印も漸く解かれることとなった。
喜ばしいことだ。
「んんーーッ!!」
大きく伸びをして、芝生の上に寝転びながらイルカは新緑に芽吹く緑の芳香を嗅ぐ。
これから勢いを増して伸びていく、そんな青臭い匂いに包まれながら、限りなく青い大空を見上げ、眩しげに目を細めた。
「いい天気」
女体変化を解いてはや数ヶ月。
離宮での軟禁状態だった生活も目出度く解除され、晴れて自由の身となったわけだ。
ずっと女として接していたナルトはさぞや驚くだろうと思ったのに、彼は元に戻ったイルカを見て少し眼をパチパチと瞬かせただけだった。
後で不思議に思って訪ねてみれば。
『だってイルカ先生、ずっと雄の匂いがしてたってばよ』
と、まるで獣の様な事を言ったので、逆にイルカの方が驚いた。
『じゃあ、俺が女体化していた意味がないじゃねーか』
『そんなことないってばッ! 女のイルカ先生ってば可愛いし、おっぱいおっきいし』
『勿論だ。おっぱいは大きくないとな』
『なんだってばよ、それ』
『俺の好みに決まってんだろ』
『んなこといって、ヤマト隊長の好みじゃねぇの? 先生たち妙に仲良いもんな』
『は!? 何言ってんだ。ヤマトさんに失礼なこと言うなッ!』
ゴツンッとナルトの頭に拳骨を落とすと、いてぇと頭を抱えたナルトが眼に涙を浮かべてニシシと笑う。
そうして、真面目な顔でこう言った。
『男でも女でも、イルカ先生に変わりはねーってばよ』
変わりはない。
そんなナルトの言葉に少しだけ目を見開いて、何かを思い出すように遠くを見つめた後、イルカは笑った。
ともあれ重い枷から開放された今は気分爽快、身体も軽いってもんだ。
軽すぎて空でも飛べるんじゃないか?
なんて思いながらふふっと笑った時、頭上に影がさしてヤマトが顔を覗かせた。
「イルカさん」
「わっ」
「そろそろ皆集まってますよ」
そう言って手を差し伸べるヤマトについ笑ってしまう。
「イルカさん?」
女体変化を解いて一番驚いたのはヤマトだ。
ずっとイルカを女性だと思っていたのだから当たり前なのだが、こうして元に戻っても以前の癖は治らないようだ。
「いえ、ヤマトさんは紳士だなって」
「・・えーっと・・・」
「深い意味は無いです」
そう言って、ありがたくその手に捕まって身体を起こした。
繋いだ指から感じるヤマトのゴツゴツとした男らしい指や掌に少しだけ思いを馳せて、感慨深く眺める。
「やっぱり剣を扱う手ですね。俺ももっと精進しなくちゃ」
「イルカさんだって剣の腕は相当だと思いますが」
「ヤマトさんにそう言われると、何だかお尻がムズムズします」
「・・お尻・・・」
自分の手を見つめながらボソリと呟くヤマトに笑う。
「さ、早く行きましょう」
今日は、各地に散らばっていたオロチの残党狩りが漸く終わり、三代目火影である猿飛ヒルゼンによって、その労をねぎらう宴が開かれるのだ。
「遅刻するとまた三代目の煙管が飛んできますよ」
ああ見えて火影様は意外と気が短いんですからと、振り返りながら全開の笑顔を見せるイルカに、ヤマトも頷いて後を追うのだった。
*****
「暗部だ」
暗部と正規部隊が集ったコノハの城内で、キョロキョロと周りを見渡しながら呟いた。
「珍しいですか?」
不思議そうに尋ねるヤマトに頷いて、口を尖らせる。
「だって、ずっと離宮暮らしだったんですよ。暗部なんて特殊な集団にお目にかかる機会なんてめったにありませんでしたから」
「・・・・・」
「あ、そういえばヤマトさんも元暗部だとか」
「えぇまぁ」
「やっぱエリートなんだ」
「何ですかそのエリートって」
クスリと笑うヤマトに頬を膨らませた。
火影直轄の精鋭部隊に憧れない者はいない。
イルカだとて封印がなかったら目指したかった頂点だ。
「超難関を軽々クリアして入隊した人のことですよ」
「イルカさんが思うほどたいしたものでもありませんよ」
その超難関をサラリと熟した元暗部の言葉に、むうっと眉を寄せた。
嘘ばっかり。
暗部に入隊するために、どれだけの挑戦者が篩にかけられると思っているのだ。
「あー、入隊試験も受けられない俺に嫌味ですか」
「滅相もない」
暗部が綺麗な仕事ばかりでないことを知っているヤマトが、イルカが入隊試験すら受けられない理由を知ってて知らぬふりをする。
全く三代目の過保護にも困ったものだ。
「くそー、悔しいな」
「珍しくひがみっぽいじゃないですか。・・・そんなところも可愛いですけど」
「男に可愛いって」
「ふふ」
笑うヤマトに言い返そうと顔をあげた所で、どこからか視線を感じて室内を見渡した。
暗部と正規部隊が混在した部屋の中、キラリと輝く銀色に眼を奪われて。
一瞬だけ絡み合った視線は、向こう側からゆっくりと逸らされた。
「・・ーーーーーッ!!」
踵を返し、人混みに紛れて姿を消そうとするその色に、無意識に手を伸ばす。
「・・・まって・・」
「ーーーイルカさん?」
焦燥感だけで駆け出すイルカに、背後からヤマトが名前を呼ぶ声が聞こえる。
けれど、一度動いた心はもう止めることなどできなかった。
「待ってッ!」
人混みをかき分け、見失いそうになりかけてはキラリと光る輝きを追う。
そうして漸く、人気のない宮殿の裏庭でその背中を見つけて叫んだ。
「まって、待ってくださいッ! ・・・カカシさんッ!!」
姿を消そうとしていた背中が目に見えてギクリと震えた。
狼狽も露わに振り返ったカカシの瞳が、肩で息をするイルカを見つめて迷うように彷徨う。
「俺が、わかりますか?」
「・・・・・・」
「カカシ、さん・・」
以前の姿ではない。
もしやと一瞬だけそう思い、不安げに名前を呼んだ。
けれど、交わった視線が答えをくれる。
「・・・記憶が・・?」
そんなはずはない。
ちゃんとクラマの力を使って消したはずだ。
そんな言葉を雄弁に語る瞳に、頷く。
それは、同じクラマの力が作った小さな奇跡。
記憶を消されることを拒んだイルカと、本心では忘れてほしくなかったカカシの気持ちが生んだ僅かばかりの誤差。
「・・バカな」
「・・・・・・」
否定するように呟くカカシに、イルカが怒りの剣を抜く。
もう女の身体ではない。
カカシとも対等にやりあえるはずだ。
「あなたも剣を」
抜けと強要するイルカの声に、カカシも剣を手に取った。
瞬間、突き出された剣先をとっさの勢いで躱す。
どれだけ必死に剣を繰り出しても、イルカを見つめながら余裕で躱すだけのカカシに苛立ちだけが募る。
「相変わらず、猪突猛進だーね」
からかう言葉は以前と変わらない。
本来の姿に戻ったのに、まるであの日初めて剣を交えた時のように手玉に取られっぱなしだ。
「クソッ! 真剣にやれッ!」
幾度と無く交わされる剣先が、尖った金属音を鳴らす。
何度目かの剣戟の後、小石に躓いたイルカがたたらを踏んで足元を崩した。
「わ・・・っ!」
「あぶなッ!!」
抱きとめようとカカシが腕を差し伸べたタイミングで、その腕を掴み互いに地面に転がる。
イルカを庇って背中を地面に打ち付けたカカシが、痛みに意識を逸らした瞬間を狙って剣を振り下ろした。
「ーーー・・・ッ!!」
鈍い音と共に地面に突き刺さったそれは、カカシの目線の端で光を反射して輝く。
「どうして・・・?」
剣とイルカを交互に見やったカカシが、急所はココだと首を指し示す。
その姿に唇を噛んで。
地面に仰向けになったカカシの上に乗り上げたイルカがその胸ぐらを掴んだ。
「どうして? それはこっちのセリフですッ!」
「・・・・・」
「この、強姦魔ッ! 最低男ッ!」
「それについては弁解の余地も・・」
「ーーー二度も俺を捨てやがってッ!!」
「・・・ーーッ!」
掴んだ胸ぐらを揺すりながら怒鳴るイルカに、されるがままのカカシが手を伸ばす。
もうたおやかな女の身体を纏ってはいない。
力だって以前よりは強いし、可愛いと言われる様な顔でもない。
けれど、イルカに触れる指先は変わらなく優しくて。
「あなたは俺に、許されないことをしました」
「ん」
「・・・だけど」
頬を撫ぜる指先が、眉を寄せ言い淀むイルカを促す。
「あなたの別の顔も、もう俺は知ってる」
「ーーーーーッ!!」
クシャリと顔を歪めて、掴んだ胸ぐらに顔を埋めた。
「・・・俺を傷つけた責任を、一生かけて償って下さい」
驚くカカシの胸元から、くぐもった声が響く。
埋めたまま、表情の読めないイルカの黒髪を撫ぜて、カカシが小さな溜息を漏らしながら口を開いた。
「・・・わかりました」
小さく答える声に、涙を零すイルカが顔を上げる。
「オレの命はあなたのものです」
切り刻むなり何なり好きにどうぞと答えるカカシに首を振って、振り上げた掌の勢いそのままにその頬を力いっぱい張った。
激しい音と共に、カカシの唇に血が滲む。
「・・ッタ・・」
「ばかやろう」
驚愕に目を見開いたまま頬をおさえるカカシの唇に、涙を浮かべたままのイルカが口付ける。
数年ぶりの口付けは、カカシの血の味がした。
「・・・イルカ、さん・・?」
「好きだって、言ったじゃないですか・・ッ! ・・忘れたくないってッ!!」
泣きながらそう言うイルカに、戸惑うカカシの瞳が僅かに細められる。
その左眼は、もうクラマの文様を失ったただの紅玉だ。
「それに・・・よ、嫁の貰い手がなかったら・・あなたが貰うって・・」
「・・・いいの・・・?」
あなたに酷いことをしたというのに。
ゆっくりと起きあがるカカシが、腕の中のイルカを抱きしめる。
それは、あの時過ごした日々と違い、硬い男の身体であったけれど、彼の全てが愛しくて。
きっとそういう運命なのだと泣きながら笑うイルカの涙を拭って、カカシが信じられないというような視線をむけた。
「一生許しませんから」
覚悟しろと宣うイルカに、カカシが蕩けそうな微笑みを返す。
「・・・一生、大事にしますよ」
「はい」
微笑み合いながらキスをして。
そうして二人は互いを抱きしめ合った。
*****
「もう一回ッ!! もう一回お願いしますッ!!!」
「えー。そろそろ休憩しましょうよ」
「まだまだやれますからッ!」
「では俺が相手をしてやろう、イルカ」
「お願いしますッ!」
「・・・ちょっと、ガイッ! イルカさんにちょっかいかけないでよ」
「なんだカカシ。青春とは・・」
「あー、お前の青春話なんて聞きたくな・・」
「ーーーー誰でもいいから相手して下さい!」
「イルカさんも卑猥な誘い文句口にしないのッ!!」
「誰が卑猥だッ!!!」
勢いに圧倒された子供たちがやや引き気味で立ち尽くす中、唯一大人な対応でヤマトがその小さな肩を叩く。
「先輩、サスケ達にも修行を」
「嫌だーよ、お前が見てやんな。オレはイルカさんだけで手一杯」
「あぁっ! イルカ先生ばっかズルいってばよ。カカシ先生ッ!!」
「誰がお前になんか習うものか」
「ガイ先生ッ! 僕にも修行をッ!!」
わぁわぁと騒がしく怒鳴り立てる男たちを見やって、お菓子を一口。
口の中でホロリと溶ける舌触りに、美味しいと呟いた少女の顔に笑みが零れた。
「・・・それにしても、みんな元気なんだから」
すっかり結界も解かれたカカシの屋敷は今日も賑やかだ。
揉みくちゃになりながらも楽しそうに剣技を競う男達のそんな姿に、読みかけの本のページを捲る手が鈍る。
そうすると、喧騒に紛れて互いにみつめあう二人の姿がふと目にとまるのだ。
「幸せそう」
甘く蕩けるこの砂糖菓子のように。
少女は再び本のページを捲ると、二人の姿に気づかぬふりでクスリと唇に笑みをのせた。
【完】
さらに数年の時が流れ、ナルトがクラマを受け入れる器として正式に認められた事により、長きに渡るイルカの封印も漸く解かれることとなった。
喜ばしいことだ。
「んんーーッ!!」
大きく伸びをして、芝生の上に寝転びながらイルカは新緑に芽吹く緑の芳香を嗅ぐ。
これから勢いを増して伸びていく、そんな青臭い匂いに包まれながら、限りなく青い大空を見上げ、眩しげに目を細めた。
「いい天気」
女体変化を解いてはや数ヶ月。
離宮での軟禁状態だった生活も目出度く解除され、晴れて自由の身となったわけだ。
ずっと女として接していたナルトはさぞや驚くだろうと思ったのに、彼は元に戻ったイルカを見て少し眼をパチパチと瞬かせただけだった。
後で不思議に思って訪ねてみれば。
『だってイルカ先生、ずっと雄の匂いがしてたってばよ』
と、まるで獣の様な事を言ったので、逆にイルカの方が驚いた。
『じゃあ、俺が女体化していた意味がないじゃねーか』
『そんなことないってばッ! 女のイルカ先生ってば可愛いし、おっぱいおっきいし』
『勿論だ。おっぱいは大きくないとな』
『なんだってばよ、それ』
『俺の好みに決まってんだろ』
『んなこといって、ヤマト隊長の好みじゃねぇの? 先生たち妙に仲良いもんな』
『は!? 何言ってんだ。ヤマトさんに失礼なこと言うなッ!』
ゴツンッとナルトの頭に拳骨を落とすと、いてぇと頭を抱えたナルトが眼に涙を浮かべてニシシと笑う。
そうして、真面目な顔でこう言った。
『男でも女でも、イルカ先生に変わりはねーってばよ』
変わりはない。
そんなナルトの言葉に少しだけ目を見開いて、何かを思い出すように遠くを見つめた後、イルカは笑った。
ともあれ重い枷から開放された今は気分爽快、身体も軽いってもんだ。
軽すぎて空でも飛べるんじゃないか?
なんて思いながらふふっと笑った時、頭上に影がさしてヤマトが顔を覗かせた。
「イルカさん」
「わっ」
「そろそろ皆集まってますよ」
そう言って手を差し伸べるヤマトについ笑ってしまう。
「イルカさん?」
女体変化を解いて一番驚いたのはヤマトだ。
ずっとイルカを女性だと思っていたのだから当たり前なのだが、こうして元に戻っても以前の癖は治らないようだ。
「いえ、ヤマトさんは紳士だなって」
「・・えーっと・・・」
「深い意味は無いです」
そう言って、ありがたくその手に捕まって身体を起こした。
繋いだ指から感じるヤマトのゴツゴツとした男らしい指や掌に少しだけ思いを馳せて、感慨深く眺める。
「やっぱり剣を扱う手ですね。俺ももっと精進しなくちゃ」
「イルカさんだって剣の腕は相当だと思いますが」
「ヤマトさんにそう言われると、何だかお尻がムズムズします」
「・・お尻・・・」
自分の手を見つめながらボソリと呟くヤマトに笑う。
「さ、早く行きましょう」
今日は、各地に散らばっていたオロチの残党狩りが漸く終わり、三代目火影である猿飛ヒルゼンによって、その労をねぎらう宴が開かれるのだ。
「遅刻するとまた三代目の煙管が飛んできますよ」
ああ見えて火影様は意外と気が短いんですからと、振り返りながら全開の笑顔を見せるイルカに、ヤマトも頷いて後を追うのだった。
*****
「暗部だ」
暗部と正規部隊が集ったコノハの城内で、キョロキョロと周りを見渡しながら呟いた。
「珍しいですか?」
不思議そうに尋ねるヤマトに頷いて、口を尖らせる。
「だって、ずっと離宮暮らしだったんですよ。暗部なんて特殊な集団にお目にかかる機会なんてめったにありませんでしたから」
「・・・・・」
「あ、そういえばヤマトさんも元暗部だとか」
「えぇまぁ」
「やっぱエリートなんだ」
「何ですかそのエリートって」
クスリと笑うヤマトに頬を膨らませた。
火影直轄の精鋭部隊に憧れない者はいない。
イルカだとて封印がなかったら目指したかった頂点だ。
「超難関を軽々クリアして入隊した人のことですよ」
「イルカさんが思うほどたいしたものでもありませんよ」
その超難関をサラリと熟した元暗部の言葉に、むうっと眉を寄せた。
嘘ばっかり。
暗部に入隊するために、どれだけの挑戦者が篩にかけられると思っているのだ。
「あー、入隊試験も受けられない俺に嫌味ですか」
「滅相もない」
暗部が綺麗な仕事ばかりでないことを知っているヤマトが、イルカが入隊試験すら受けられない理由を知ってて知らぬふりをする。
全く三代目の過保護にも困ったものだ。
「くそー、悔しいな」
「珍しくひがみっぽいじゃないですか。・・・そんなところも可愛いですけど」
「男に可愛いって」
「ふふ」
笑うヤマトに言い返そうと顔をあげた所で、どこからか視線を感じて室内を見渡した。
暗部と正規部隊が混在した部屋の中、キラリと輝く銀色に眼を奪われて。
一瞬だけ絡み合った視線は、向こう側からゆっくりと逸らされた。
「・・ーーーーーッ!!」
踵を返し、人混みに紛れて姿を消そうとするその色に、無意識に手を伸ばす。
「・・・まって・・」
「ーーーイルカさん?」
焦燥感だけで駆け出すイルカに、背後からヤマトが名前を呼ぶ声が聞こえる。
けれど、一度動いた心はもう止めることなどできなかった。
「待ってッ!」
人混みをかき分け、見失いそうになりかけてはキラリと光る輝きを追う。
そうして漸く、人気のない宮殿の裏庭でその背中を見つけて叫んだ。
「まって、待ってくださいッ! ・・・カカシさんッ!!」
姿を消そうとしていた背中が目に見えてギクリと震えた。
狼狽も露わに振り返ったカカシの瞳が、肩で息をするイルカを見つめて迷うように彷徨う。
「俺が、わかりますか?」
「・・・・・・」
「カカシ、さん・・」
以前の姿ではない。
もしやと一瞬だけそう思い、不安げに名前を呼んだ。
けれど、交わった視線が答えをくれる。
「・・・記憶が・・?」
そんなはずはない。
ちゃんとクラマの力を使って消したはずだ。
そんな言葉を雄弁に語る瞳に、頷く。
それは、同じクラマの力が作った小さな奇跡。
記憶を消されることを拒んだイルカと、本心では忘れてほしくなかったカカシの気持ちが生んだ僅かばかりの誤差。
「・・バカな」
「・・・・・・」
否定するように呟くカカシに、イルカが怒りの剣を抜く。
もう女の身体ではない。
カカシとも対等にやりあえるはずだ。
「あなたも剣を」
抜けと強要するイルカの声に、カカシも剣を手に取った。
瞬間、突き出された剣先をとっさの勢いで躱す。
どれだけ必死に剣を繰り出しても、イルカを見つめながら余裕で躱すだけのカカシに苛立ちだけが募る。
「相変わらず、猪突猛進だーね」
からかう言葉は以前と変わらない。
本来の姿に戻ったのに、まるであの日初めて剣を交えた時のように手玉に取られっぱなしだ。
「クソッ! 真剣にやれッ!」
幾度と無く交わされる剣先が、尖った金属音を鳴らす。
何度目かの剣戟の後、小石に躓いたイルカがたたらを踏んで足元を崩した。
「わ・・・っ!」
「あぶなッ!!」
抱きとめようとカカシが腕を差し伸べたタイミングで、その腕を掴み互いに地面に転がる。
イルカを庇って背中を地面に打ち付けたカカシが、痛みに意識を逸らした瞬間を狙って剣を振り下ろした。
「ーーー・・・ッ!!」
鈍い音と共に地面に突き刺さったそれは、カカシの目線の端で光を反射して輝く。
「どうして・・・?」
剣とイルカを交互に見やったカカシが、急所はココだと首を指し示す。
その姿に唇を噛んで。
地面に仰向けになったカカシの上に乗り上げたイルカがその胸ぐらを掴んだ。
「どうして? それはこっちのセリフですッ!」
「・・・・・」
「この、強姦魔ッ! 最低男ッ!」
「それについては弁解の余地も・・」
「ーーー二度も俺を捨てやがってッ!!」
「・・・ーーッ!」
掴んだ胸ぐらを揺すりながら怒鳴るイルカに、されるがままのカカシが手を伸ばす。
もうたおやかな女の身体を纏ってはいない。
力だって以前よりは強いし、可愛いと言われる様な顔でもない。
けれど、イルカに触れる指先は変わらなく優しくて。
「あなたは俺に、許されないことをしました」
「ん」
「・・・だけど」
頬を撫ぜる指先が、眉を寄せ言い淀むイルカを促す。
「あなたの別の顔も、もう俺は知ってる」
「ーーーーーッ!!」
クシャリと顔を歪めて、掴んだ胸ぐらに顔を埋めた。
「・・・俺を傷つけた責任を、一生かけて償って下さい」
驚くカカシの胸元から、くぐもった声が響く。
埋めたまま、表情の読めないイルカの黒髪を撫ぜて、カカシが小さな溜息を漏らしながら口を開いた。
「・・・わかりました」
小さく答える声に、涙を零すイルカが顔を上げる。
「オレの命はあなたのものです」
切り刻むなり何なり好きにどうぞと答えるカカシに首を振って、振り上げた掌の勢いそのままにその頬を力いっぱい張った。
激しい音と共に、カカシの唇に血が滲む。
「・・ッタ・・」
「ばかやろう」
驚愕に目を見開いたまま頬をおさえるカカシの唇に、涙を浮かべたままのイルカが口付ける。
数年ぶりの口付けは、カカシの血の味がした。
「・・・イルカ、さん・・?」
「好きだって、言ったじゃないですか・・ッ! ・・忘れたくないってッ!!」
泣きながらそう言うイルカに、戸惑うカカシの瞳が僅かに細められる。
その左眼は、もうクラマの文様を失ったただの紅玉だ。
「それに・・・よ、嫁の貰い手がなかったら・・あなたが貰うって・・」
「・・・いいの・・・?」
あなたに酷いことをしたというのに。
ゆっくりと起きあがるカカシが、腕の中のイルカを抱きしめる。
それは、あの時過ごした日々と違い、硬い男の身体であったけれど、彼の全てが愛しくて。
きっとそういう運命なのだと泣きながら笑うイルカの涙を拭って、カカシが信じられないというような視線をむけた。
「一生許しませんから」
覚悟しろと宣うイルカに、カカシが蕩けそうな微笑みを返す。
「・・・一生、大事にしますよ」
「はい」
微笑み合いながらキスをして。
そうして二人は互いを抱きしめ合った。
*****
「もう一回ッ!! もう一回お願いしますッ!!!」
「えー。そろそろ休憩しましょうよ」
「まだまだやれますからッ!」
「では俺が相手をしてやろう、イルカ」
「お願いしますッ!」
「・・・ちょっと、ガイッ! イルカさんにちょっかいかけないでよ」
「なんだカカシ。青春とは・・」
「あー、お前の青春話なんて聞きたくな・・」
「ーーーー誰でもいいから相手して下さい!」
「イルカさんも卑猥な誘い文句口にしないのッ!!」
「誰が卑猥だッ!!!」
勢いに圧倒された子供たちがやや引き気味で立ち尽くす中、唯一大人な対応でヤマトがその小さな肩を叩く。
「先輩、サスケ達にも修行を」
「嫌だーよ、お前が見てやんな。オレはイルカさんだけで手一杯」
「あぁっ! イルカ先生ばっかズルいってばよ。カカシ先生ッ!!」
「誰がお前になんか習うものか」
「ガイ先生ッ! 僕にも修行をッ!!」
わぁわぁと騒がしく怒鳴り立てる男たちを見やって、お菓子を一口。
口の中でホロリと溶ける舌触りに、美味しいと呟いた少女の顔に笑みが零れた。
「・・・それにしても、みんな元気なんだから」
すっかり結界も解かれたカカシの屋敷は今日も賑やかだ。
揉みくちゃになりながらも楽しそうに剣技を競う男達のそんな姿に、読みかけの本のページを捲る手が鈍る。
そうすると、喧騒に紛れて互いにみつめあう二人の姿がふと目にとまるのだ。
「幸せそう」
甘く蕩けるこの砂糖菓子のように。
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【完】
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