結論から言えば、任せられた下忍達は他の上忍達が引き受けるのを煙たがるほど悪い素材ではなかった。
まだまだ子供ならではの傲慢さや我儘は残していたものの、見込みが無いと直ぐ様決めつけて排除するようなものでもない。
まだまだ潜在能力の如何は計り知れないが、ナルトに関しては驚くほどのチャクラ量と実戦向きの性格は師匠の忘れ形見と思わずにはいられないほどで、サスケの出来の良さはさすがうちはの血を継ぐ者だと言わざるを得ない。
二人を競わせるべく同じ班とされたくの一のサクラも、いい緩和剤になっている。
ギャアギャアと煩い子供たちに囲まれながら、カカシもつかの間の里の平時というものを楽しんでいた。
「・・・イルカ先生と」
ふと耳に入った言葉に、凭れかかっていた樹の幹から身を起こし視線をやると、楽しそうに笑う部下達の姿が映る。
「またラーメンかよ」
「約束してたんだってば」
初めての給料でご馳走したんだと笑うナルトの声に、カカシは数年前に思いを巡らせる。
「イルカ先生元気だった?」
「元気だってば。サクラちゃんも今度一緒に行くか?」
「え~? どうしよっかなぁ~。サスケくんは?」
「俺はいい」
「じゃあ私も・・・」
「えーーーッ!!」
大げさにすっ転ぶナルトにサクラがアハハと笑う。
サスケはというとそんな二人には興味がなさそうに知らぬ顔だ。
そういえばあの人はアカデミーの教師だったなと、カカシは空を見上げながら鼻傷のある黒髪の中忍を脳裏に浮かべた。
こいつらの担任だったのか。
どうりで九尾の人柱力がのびのびと育ったわけだと思わず苦笑した。
木漏れ日のような柔らかな空気をまとった人。
照れたような笑い方や、子供たちへの満面の笑顔。
同じ忍びでありながら、その有り様は血と硝煙にまみれた自分とは相反する場所に生息しているのかと思えるほどに対局だった。
「毎日食っても飽きないんだよ」
「知ってるわよ」
「イルカ先生だってそう言ってたってば」
「・・・一楽、ねぇ」
そういや好きだったなと、思い出しながら呟いた言葉に、子供たちの視線が一斉に集まった。
「カカシ先生も知ってるのか?」
「そりゃ、まぁ」
なんせ木の葉では老舗のラーメン屋だ。
旨いのはもちろんのこと、主人の人柄も良い。
「じゃあさ、じゃあさ」
飛びついてくる勢いで目の前までやってきたナルトが、満面の笑みでカカシの太ももにしがみ付いた。
「今日の任務の後、一緒に食べに行こうってば」
「はぁ?」
「あー、ナルト。カカシ先生に奢らせる気でしょ」
「ッ!! な、何言ってんだよ、サクラちゃん!!」
「・・・ドベが」
吐き捨てるように言い放つサスケに、ナルトが何をと食って掛かった。
「うるせぇッ! サスケッ!! お前なんて誘ってやらねーよ」
「誰も誘って欲しいなんて言ってない」
睨み合う二人が、ケッと言いながら顔をそむけるのに、溜息をついた。
チームワークが大事だとこの間も言ったばかりなのに困ったことだ。
「よーし、じゃあ今日の任務でお互い助けあうことができたら、今日の晩飯は全員で一楽だ」
カカシの声に、ナルトが飛び上がった。
「わおッ!!」
「いいの? カカシ先生?」
上目遣いに窺うサクラに笑顔で頷く。
「・・・・」
「サスケ、お前もだよ」
黙ったままのサスケの頭を軽く叩いて、カカシは受付で受け取った任務表をヒラリと広げた。
「Dランク、マダム凪子の失踪した愛猫エリザベスの捜索」
よーく覚えろよと言いながら、人相書ならぬ猫相書を各自の目の間で掲げる。
「覚えたか? 標的はかなり凶暴だそうだ。しかし、怪我は負わせるな。あくまで捕獲、無傷の捕獲だ」
「クナイはおろか、起爆札も厳禁ってわけか・・・」
「・・・どれ位凶暴なのかしら」
「簡単だってばよ」
各々が神妙な顔で頷くのに、カカシは笑って任務表をポケットに仕舞った。
「時間は・・そうだな。酉の刻までとする! 気合入れていけよ」
今にも飛び出して行きそうな部下達を見渡してそう告げると、散ッと合図を送った。
素早く走りだすナルトとサスケに、少し遅れてサクラがついていく。
「・・・・・」
まだまだ連携のとれていない三人だ。
時間までに捕獲できればいいけれどと見えなくなった部下達を待つために、木の上に腰を下ろす。
取り出した愛読書をペラリと開いて、カカシは時間まで熟読すべく文字を追った。
*****
「だーから、俺が捕まえたんだってばッ!!」
「がむしゃらに突っ込んで時間掛かったのはナルトのせいでしょ」
得意気に胸を張るナルトに、サクラが咎めるような声を出す。
「サスケくんの作戦通りにやってたら、もっと早く捕まったのに」
「・・・・・」
おだてるセリフを言って窺うも、サスケは憮然とした表情のままそんな二人をチラリとも見ずに後ろを歩いている。
「間に合ったんだから、良いじゃないの」
カカシはそんな部下達の言い合いに、笑いながらのんびりと呟いた。
本日の依頼は、怒り狂って毛を逆立て、まん丸になったエリザベスを体当たりで捕まえたナルトによって無事完遂した。
予定の時刻ギリギリだったが、まぁ由としよう。
報告を忍犬に任せ、目下四人で一楽を目指す道中というわけだ。
相変わらず子供たちの声は喧しいが、カカシはそれが不快に思わないことに自分で驚いた。
暗部に所属していた頃なら、問答無用で殺気を放って黙らせていたかもしれない。
・・・丸くなったのかねぇと、年寄りのようなことを思う。
夕暮れどきの里は茜色に染まって美しいし、時間の流れも穏やかだ。
行き交う人々の表情も豊かで、何やら楽しげに見える。
「あーッ!! イルカ先生だッ!!」
「イルカせんせぇ~ッ!!」
ぼんやりと里の日常を堪能していたカカシの耳に、子供たちのはしゃぐ声が響いた。
「・・・・・」
見れば、思い焦がれた人が飛びつく子供たちを満面の笑顔で迎えて抱きしめている。
サスケまでもが彼に飛びつかんばかりに走って行くのに、カカシは少し驚いた。
そうだ。
彼はそうやって腕の中に抱きしめるのだ。
まるで親鳥が雛を包み込むようにして。
そして、その腕の中がとても居心地がよく、温かいことを知っている。
教師は天職なのかもね。
そう思いながら、はしゃぐ彼らに向かって足を進めた。
ーーーふいに。
彼が視線をあげた。
カカシの姿を確認し、顔全体で笑っていた表情が一瞬の内に強張る。
それは瞬時の出来事だったが、カカシにはまるでスローモーションのように思えた。
『嫌われたんじゃねぇのか』
酉面の言葉が脳裏に響いた。
そうだ。
酉面に言われなくても薄々は気づいていたことだ。
ただ認めたくなかった。
面会に一度も来ない恋人。
飛ばしたきり戻って来ない式達。
だから、カカシはイルカに会いには行かなかった。
遠くから姿を見ることすら許されない気がして、科される任務に没頭した。
それは、彼のこんな顔を見たくなかったからだ。
「イルカ先生! カカシ先生だってばよッ!!」
はしゃぐナルトがグイグイとイルカの腕を引っ張ってこちらに向かってくる。
サクラやサスケが腰を押すのに、つんのめって目の前まで押し出されて、イルカはウロウロと視線を彷徨わせた。
この子供たちに、知られたくはないだろう。
自分が不当に男に組み敷かれていた事実を。
だから。
「はじめまして・・・イルカ先生」
安心して。
けして口にはしないよ。
手を差し出したカカシに、イルカは一瞬目を見開いた後、何ともいえない表情をして唇を噛んだ。
差し出された掌をただ見つめるイルカに、子供たちが怪訝な顔をする。
「・・・イルカ先生?」
不思議そうに名前を呼ばれて、ハッしたように我に返ったイルカが、慌ててカカシの手を握る。
「・・・はじめまして・・・」
それは、微かな声だった。
耳を澄まさなければ震えていたことに気づかなかっただろう。
あぁ。
自分はこんなにもこの人を怯えさせていたのかと、今更ながらに痛感した。
「これからカカシ先生と一楽に行くんだってば! イルカ先生も一緒に行こう!!」
「奢ってくれるんだって! ね、カカシ先生」
無邪気な子供たちの声に、イルカが困ったように苦笑した。
「な、何言ってんだ、お前ら」
明らかに狼狽する声にも気づかないふりで。
「構いませんよ。一人増えたぐらい」
出来るだけ穏やかな声で誘った。
「ほらッ! カカシ先生もそう言ってるってばよ!」
「一緒に行きましょうよ、イルカ先生」
「・・遠慮することはない」
いつもは二人に頓着しないサスケまでもが加勢した。
「・・・でも・・」
明らかに困惑するイルカに、ニコリと頷く。
ウロウロとさまよっていた視線が、カカシの前で一度止まり、ゆっくりと伏せられた。
「では・・お言葉に甘えて・・・」
ペコリと頭を下げたイルカに、子供たちの歓声が飛ぶ。
そのまま一楽めがけて急ぎ足になる子供たちを眼で追いかけながら彼の隣に並んだ。
「ーーー本当に来るんだ」
嫌じゃないの?
それは、他愛もない言葉だったけれど。
ギクリと強張った表情で、彼が何か勘違いした事に気づいた。
「ちゃんと、お支払いします」
「そんなこと言ってないじゃない。言ったでしょ、一人増えたぐらい何でもないって」
「・・・払います」
頑ななところは全く変わっていない。
そんな表情じゃなくて、昔みたいに心が暖かくなるような笑顔を見せてほしいのに。
「・・あのね」
呟いて、触れようとした手を避けられた。
視線は子供たちに向けられたままで、こちらをチラリとも見ようとしない。
それでも、全身で拒絶している。
「おーいッ! お前ら、待てってッ!!」
カカシと共にいることすら拒否するように、イルカが子供たちを追いかけて走りだす。
「・・・・・」
頭上で一つにまとめた髪が、ピョコピョコと跳ねるのを見ながら、カカシは避けられた掌を固く握りしめた。
*****
久しぶりの賑やかな食事の後、手を振りながら家路へと急ぐ子供たちを二人で見送った。
食事の最中の朗らかだった表情はもう今は見当たらない。
「・・・久しぶり・・・」
呟いた言葉に、イルカが少しだけ顔をあげると、視線を避けるように俯いた。
「・・・覚えていらっしゃらないかと」
「忘れるわけないじゃない」
会いに来るのが怖かったと伝えれば、イルカはどんな顔をするだろうか?
口を開こうとして、唇を歪める昏い表情に言葉を飲み込んだ。
「・・・冗談」
吐き捨てるように呟かれた言葉に、何がと問う隙もなくペコリと頭を下げられる。
「ごちそうさまでした。あいつらのこと、よろしくお願いします」
これで最後だとでも言うような杓子定規なセリフ。
カカシの返事を待つ気もないのか、くるりと背を向けた。
「ーー待って」
無意識に身体が動いた。
遠ざかろうとする腕を捕まえて、力を込める。
ビリっ電気が走ったかのように震える彼の身体と、激しい怒りにもにた表情にカカシは驚いて瞠目した。
眉をしかめ、唇を噛み締めたそれは、今にも触るなと叫びだしそうだ。
けれど、イルカはそうは言わなかった。
「何でしょう?」
「・・・話がしたい」
「俺は話すことなんてありません」
頑固そうな瞳は強い意志を持ってカカシを拒否していた。
「今も同じ所に住んでいるの?」
「・・・・・」
答えないイルカに、カカシは続けざまに言葉を紡ぐ。
「またアンタの家に行ってもいい・・・?」
「・・・なに・・?」
「アンタを抱きたいんだけど」
直情的なセリフにイルカの眉がピクリと跳ねる。
耳にした言葉が信じられないという表情でカカシを見ると、ユラユラと瞳を揺らめかした。
「・・・だめ・・?」
小首を傾げてみたが、答えは返らない。
微かに唇を震わせた後、腕を掴んでいるカカシの手を引き離した。
「もう、終わった事です」
「何が終わったの?」
「だからッ!」
声を荒げるイルカが、自分の声に驚いて口をつぐんだ。
そのまま首を左右に振るとダメですと小さく呟く。
「・・・そ。じゃあ、今日みたいに飯ならいいでしょ」
「・・・・・」
どうしてこの男にこんなに執着してしまうのだろうかと思いつつも、出会えた偶然をこのままなかったことにしてしまうなんて出来なかった。
「良いでしょ?」
答えないイルカに、尚も言い募る。
自分でも情けない話だが、子供達がどうなっても知らないよと、などと脅しとも取れる言葉まで吐いた。
強引なカカシに、イルカは長く逡巡した後、仕方ないと言いたげな表情で渋々頷いたのだ。
まだまだ子供ならではの傲慢さや我儘は残していたものの、見込みが無いと直ぐ様決めつけて排除するようなものでもない。
まだまだ潜在能力の如何は計り知れないが、ナルトに関しては驚くほどのチャクラ量と実戦向きの性格は師匠の忘れ形見と思わずにはいられないほどで、サスケの出来の良さはさすがうちはの血を継ぐ者だと言わざるを得ない。
二人を競わせるべく同じ班とされたくの一のサクラも、いい緩和剤になっている。
ギャアギャアと煩い子供たちに囲まれながら、カカシもつかの間の里の平時というものを楽しんでいた。
「・・・イルカ先生と」
ふと耳に入った言葉に、凭れかかっていた樹の幹から身を起こし視線をやると、楽しそうに笑う部下達の姿が映る。
「またラーメンかよ」
「約束してたんだってば」
初めての給料でご馳走したんだと笑うナルトの声に、カカシは数年前に思いを巡らせる。
「イルカ先生元気だった?」
「元気だってば。サクラちゃんも今度一緒に行くか?」
「え~? どうしよっかなぁ~。サスケくんは?」
「俺はいい」
「じゃあ私も・・・」
「えーーーッ!!」
大げさにすっ転ぶナルトにサクラがアハハと笑う。
サスケはというとそんな二人には興味がなさそうに知らぬ顔だ。
そういえばあの人はアカデミーの教師だったなと、カカシは空を見上げながら鼻傷のある黒髪の中忍を脳裏に浮かべた。
こいつらの担任だったのか。
どうりで九尾の人柱力がのびのびと育ったわけだと思わず苦笑した。
木漏れ日のような柔らかな空気をまとった人。
照れたような笑い方や、子供たちへの満面の笑顔。
同じ忍びでありながら、その有り様は血と硝煙にまみれた自分とは相反する場所に生息しているのかと思えるほどに対局だった。
「毎日食っても飽きないんだよ」
「知ってるわよ」
「イルカ先生だってそう言ってたってば」
「・・・一楽、ねぇ」
そういや好きだったなと、思い出しながら呟いた言葉に、子供たちの視線が一斉に集まった。
「カカシ先生も知ってるのか?」
「そりゃ、まぁ」
なんせ木の葉では老舗のラーメン屋だ。
旨いのはもちろんのこと、主人の人柄も良い。
「じゃあさ、じゃあさ」
飛びついてくる勢いで目の前までやってきたナルトが、満面の笑みでカカシの太ももにしがみ付いた。
「今日の任務の後、一緒に食べに行こうってば」
「はぁ?」
「あー、ナルト。カカシ先生に奢らせる気でしょ」
「ッ!! な、何言ってんだよ、サクラちゃん!!」
「・・・ドベが」
吐き捨てるように言い放つサスケに、ナルトが何をと食って掛かった。
「うるせぇッ! サスケッ!! お前なんて誘ってやらねーよ」
「誰も誘って欲しいなんて言ってない」
睨み合う二人が、ケッと言いながら顔をそむけるのに、溜息をついた。
チームワークが大事だとこの間も言ったばかりなのに困ったことだ。
「よーし、じゃあ今日の任務でお互い助けあうことができたら、今日の晩飯は全員で一楽だ」
カカシの声に、ナルトが飛び上がった。
「わおッ!!」
「いいの? カカシ先生?」
上目遣いに窺うサクラに笑顔で頷く。
「・・・・」
「サスケ、お前もだよ」
黙ったままのサスケの頭を軽く叩いて、カカシは受付で受け取った任務表をヒラリと広げた。
「Dランク、マダム凪子の失踪した愛猫エリザベスの捜索」
よーく覚えろよと言いながら、人相書ならぬ猫相書を各自の目の間で掲げる。
「覚えたか? 標的はかなり凶暴だそうだ。しかし、怪我は負わせるな。あくまで捕獲、無傷の捕獲だ」
「クナイはおろか、起爆札も厳禁ってわけか・・・」
「・・・どれ位凶暴なのかしら」
「簡単だってばよ」
各々が神妙な顔で頷くのに、カカシは笑って任務表をポケットに仕舞った。
「時間は・・そうだな。酉の刻までとする! 気合入れていけよ」
今にも飛び出して行きそうな部下達を見渡してそう告げると、散ッと合図を送った。
素早く走りだすナルトとサスケに、少し遅れてサクラがついていく。
「・・・・・」
まだまだ連携のとれていない三人だ。
時間までに捕獲できればいいけれどと見えなくなった部下達を待つために、木の上に腰を下ろす。
取り出した愛読書をペラリと開いて、カカシは時間まで熟読すべく文字を追った。
*****
「だーから、俺が捕まえたんだってばッ!!」
「がむしゃらに突っ込んで時間掛かったのはナルトのせいでしょ」
得意気に胸を張るナルトに、サクラが咎めるような声を出す。
「サスケくんの作戦通りにやってたら、もっと早く捕まったのに」
「・・・・・」
おだてるセリフを言って窺うも、サスケは憮然とした表情のままそんな二人をチラリとも見ずに後ろを歩いている。
「間に合ったんだから、良いじゃないの」
カカシはそんな部下達の言い合いに、笑いながらのんびりと呟いた。
本日の依頼は、怒り狂って毛を逆立て、まん丸になったエリザベスを体当たりで捕まえたナルトによって無事完遂した。
予定の時刻ギリギリだったが、まぁ由としよう。
報告を忍犬に任せ、目下四人で一楽を目指す道中というわけだ。
相変わらず子供たちの声は喧しいが、カカシはそれが不快に思わないことに自分で驚いた。
暗部に所属していた頃なら、問答無用で殺気を放って黙らせていたかもしれない。
・・・丸くなったのかねぇと、年寄りのようなことを思う。
夕暮れどきの里は茜色に染まって美しいし、時間の流れも穏やかだ。
行き交う人々の表情も豊かで、何やら楽しげに見える。
「あーッ!! イルカ先生だッ!!」
「イルカせんせぇ~ッ!!」
ぼんやりと里の日常を堪能していたカカシの耳に、子供たちのはしゃぐ声が響いた。
「・・・・・」
見れば、思い焦がれた人が飛びつく子供たちを満面の笑顔で迎えて抱きしめている。
サスケまでもが彼に飛びつかんばかりに走って行くのに、カカシは少し驚いた。
そうだ。
彼はそうやって腕の中に抱きしめるのだ。
まるで親鳥が雛を包み込むようにして。
そして、その腕の中がとても居心地がよく、温かいことを知っている。
教師は天職なのかもね。
そう思いながら、はしゃぐ彼らに向かって足を進めた。
ーーーふいに。
彼が視線をあげた。
カカシの姿を確認し、顔全体で笑っていた表情が一瞬の内に強張る。
それは瞬時の出来事だったが、カカシにはまるでスローモーションのように思えた。
『嫌われたんじゃねぇのか』
酉面の言葉が脳裏に響いた。
そうだ。
酉面に言われなくても薄々は気づいていたことだ。
ただ認めたくなかった。
面会に一度も来ない恋人。
飛ばしたきり戻って来ない式達。
だから、カカシはイルカに会いには行かなかった。
遠くから姿を見ることすら許されない気がして、科される任務に没頭した。
それは、彼のこんな顔を見たくなかったからだ。
「イルカ先生! カカシ先生だってばよッ!!」
はしゃぐナルトがグイグイとイルカの腕を引っ張ってこちらに向かってくる。
サクラやサスケが腰を押すのに、つんのめって目の前まで押し出されて、イルカはウロウロと視線を彷徨わせた。
この子供たちに、知られたくはないだろう。
自分が不当に男に組み敷かれていた事実を。
だから。
「はじめまして・・・イルカ先生」
安心して。
けして口にはしないよ。
手を差し出したカカシに、イルカは一瞬目を見開いた後、何ともいえない表情をして唇を噛んだ。
差し出された掌をただ見つめるイルカに、子供たちが怪訝な顔をする。
「・・・イルカ先生?」
不思議そうに名前を呼ばれて、ハッしたように我に返ったイルカが、慌ててカカシの手を握る。
「・・・はじめまして・・・」
それは、微かな声だった。
耳を澄まさなければ震えていたことに気づかなかっただろう。
あぁ。
自分はこんなにもこの人を怯えさせていたのかと、今更ながらに痛感した。
「これからカカシ先生と一楽に行くんだってば! イルカ先生も一緒に行こう!!」
「奢ってくれるんだって! ね、カカシ先生」
無邪気な子供たちの声に、イルカが困ったように苦笑した。
「な、何言ってんだ、お前ら」
明らかに狼狽する声にも気づかないふりで。
「構いませんよ。一人増えたぐらい」
出来るだけ穏やかな声で誘った。
「ほらッ! カカシ先生もそう言ってるってばよ!」
「一緒に行きましょうよ、イルカ先生」
「・・遠慮することはない」
いつもは二人に頓着しないサスケまでもが加勢した。
「・・・でも・・」
明らかに困惑するイルカに、ニコリと頷く。
ウロウロとさまよっていた視線が、カカシの前で一度止まり、ゆっくりと伏せられた。
「では・・お言葉に甘えて・・・」
ペコリと頭を下げたイルカに、子供たちの歓声が飛ぶ。
そのまま一楽めがけて急ぎ足になる子供たちを眼で追いかけながら彼の隣に並んだ。
「ーーー本当に来るんだ」
嫌じゃないの?
それは、他愛もない言葉だったけれど。
ギクリと強張った表情で、彼が何か勘違いした事に気づいた。
「ちゃんと、お支払いします」
「そんなこと言ってないじゃない。言ったでしょ、一人増えたぐらい何でもないって」
「・・・払います」
頑ななところは全く変わっていない。
そんな表情じゃなくて、昔みたいに心が暖かくなるような笑顔を見せてほしいのに。
「・・あのね」
呟いて、触れようとした手を避けられた。
視線は子供たちに向けられたままで、こちらをチラリとも見ようとしない。
それでも、全身で拒絶している。
「おーいッ! お前ら、待てってッ!!」
カカシと共にいることすら拒否するように、イルカが子供たちを追いかけて走りだす。
「・・・・・」
頭上で一つにまとめた髪が、ピョコピョコと跳ねるのを見ながら、カカシは避けられた掌を固く握りしめた。
*****
久しぶりの賑やかな食事の後、手を振りながら家路へと急ぐ子供たちを二人で見送った。
食事の最中の朗らかだった表情はもう今は見当たらない。
「・・・久しぶり・・・」
呟いた言葉に、イルカが少しだけ顔をあげると、視線を避けるように俯いた。
「・・・覚えていらっしゃらないかと」
「忘れるわけないじゃない」
会いに来るのが怖かったと伝えれば、イルカはどんな顔をするだろうか?
口を開こうとして、唇を歪める昏い表情に言葉を飲み込んだ。
「・・・冗談」
吐き捨てるように呟かれた言葉に、何がと問う隙もなくペコリと頭を下げられる。
「ごちそうさまでした。あいつらのこと、よろしくお願いします」
これで最後だとでも言うような杓子定規なセリフ。
カカシの返事を待つ気もないのか、くるりと背を向けた。
「ーー待って」
無意識に身体が動いた。
遠ざかろうとする腕を捕まえて、力を込める。
ビリっ電気が走ったかのように震える彼の身体と、激しい怒りにもにた表情にカカシは驚いて瞠目した。
眉をしかめ、唇を噛み締めたそれは、今にも触るなと叫びだしそうだ。
けれど、イルカはそうは言わなかった。
「何でしょう?」
「・・・話がしたい」
「俺は話すことなんてありません」
頑固そうな瞳は強い意志を持ってカカシを拒否していた。
「今も同じ所に住んでいるの?」
「・・・・・」
答えないイルカに、カカシは続けざまに言葉を紡ぐ。
「またアンタの家に行ってもいい・・・?」
「・・・なに・・?」
「アンタを抱きたいんだけど」
直情的なセリフにイルカの眉がピクリと跳ねる。
耳にした言葉が信じられないという表情でカカシを見ると、ユラユラと瞳を揺らめかした。
「・・・だめ・・?」
小首を傾げてみたが、答えは返らない。
微かに唇を震わせた後、腕を掴んでいるカカシの手を引き離した。
「もう、終わった事です」
「何が終わったの?」
「だからッ!」
声を荒げるイルカが、自分の声に驚いて口をつぐんだ。
そのまま首を左右に振るとダメですと小さく呟く。
「・・・そ。じゃあ、今日みたいに飯ならいいでしょ」
「・・・・・」
どうしてこの男にこんなに執着してしまうのだろうかと思いつつも、出会えた偶然をこのままなかったことにしてしまうなんて出来なかった。
「良いでしょ?」
答えないイルカに、尚も言い募る。
自分でも情けない話だが、子供達がどうなっても知らないよと、などと脅しとも取れる言葉まで吐いた。
強引なカカシに、イルカは長く逡巡した後、仕方ないと言いたげな表情で渋々頷いたのだ。
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