困ったことになった。

「何やってんだい、お前は…」

火影室。
ポカンと口を開けて呆れたように呟いた綱手に、イルカはしょんぼりとうなだれたまま俯いた。

「…申し訳ありません」
「随分と未熟な技をかけられたモンだけど、これがまた変に混ざって…」

う〜ん、と唸る綱手の姿に、イルカは頭を上げることが出来ない。

「チャクラも乱れてるねぇ」
「はい…。上手く練れなくて…」

ボソボソと言い募るイルカに、ふーっとため息をついた綱手がヒラヒラと片手を振った。

「生活に支障は?」
「今のところありませんが…」
「なら良い。術を解くのに少々の時間はかかるが構わないね」
「はい。お忙しい中、お手を煩わせて申し訳ありません」

項垂れるイルカに、綱手はニヤリと笑いながら構わないよと頷く。
スゴスゴと火影室を後にするイルカを尻目に、表情は楽しくてしかないと緩みっぱなしだ。

「人が悪いですよ、綱手様。イルカ先生がお気の毒です」
「良いじゃないか、今は平時なんだ。」

咎めるシズネに、綱手は大きく笑いながら机を叩いた。

「あのイルカが…また可愛くなったもんだねぇ〜!!!」

堪えきれずに漏れた爆笑は、閉められた扉の外に届くことはなく、幸いな事にイルカにも伝わらなかった。


*****


アカデミーの中で、ナルトの考え出した「お色気の術」なるものが大流行し、生徒たちが競って術の掛け合いをしていたのは知っていたものの、とりたてて咎めることなく見守っていたのだが、今朝の職員会議で問題にあがってしまった。
所謂【風紀の乱れ】ってヤツだ。
イルカ自身、ナルトに数回お色気の術を食らって鼻血を噴いた身としては、他の職員及びPTAが懸念する理由もわからなくはない。
しかし、最近は慣れたものだ。
少々のおっぱいプルンを見たぐらいでは鼻血を噴いたりはしない。
「イルカ先生つまんねーの〜」
何て言われても、ゲンコツ一発振るうぐらいで子供達を温かく見守っていたのだが…。
職員会議の議題にあがるようではそう悠長にはしていられない。
今日も繰り広げられる子供達の「お色気の術」勝負に、イルカはちょっと待てお前らと間に分け入ったまでは良かったのだが…。

「くらえ!」
「「「「お色気の術!!」」」」

分け入った先は五方向からの集中砲火だった…。

「えっ…!?わゎゎゎ…」

ドロンと煙幕が上がり、ゆっくり靄が晴れていくその先にぼんやりとイルカの姿が現れる。

「せんせ…」
「…お前ら…」

呆然とする生徒に、イルカは声を大にして「いい加減にしろよ〜!」と怒鳴ったまでは良かったのだが…。

…その声が…。

声が、いつもよりワントーン高かった…。

子供達の間で流行しているこの馬鹿馬鹿しい術は、厳密に言うとナルトの作り出したものから少し進化している。
元々は自分自身にかける術だが、最近は相手にかけてその出来を競い合うのだ。
もちろん成長の早い女生徒は男の子って子供ね〜と小馬鹿にして取り合わないのだが、幾つになってもシモの話だけで大いに盛り上がる男子生徒は技に磨きをかけて己の理想の女性像を再現させてくる。
ま、この時期の理想の女なんて、ほとんどが母親か、身近にいる女性なのだけれど。

そんなわけで、理想の女性像を一気に5人から仕掛けられたイルカの姿は、予想に反してとてつもなく可愛らしく変化した。

「平均した顔って、美人って言うしな…」

鏡に映る自分の姿に、イルカはそうゴチる。
心なしか元の自分の面影も垣間見える気もするのだが、小さな顔に大きな黒い瞳、艶やかな黒髪、桜のような唇。頬だって何もしていないのにバラ色だ。
もちろん胸は手に余るほどふくよかである。

「・・・・・・」

まぁ…あの時期の男子なんて、ほとんどがおっぱい星人だもんな…。
モミモミと自前の胸を揉みながら、イルカは自嘲気味に笑う。
…こうなってしまって、悪いことばかりではない。
術をかけられて早数日になるが、このふくよかな胸のおかげで、男子生徒の扱いは目に見えて楽勝になった。
悲しいかな、男子生徒のみんながみんな、イルカのおっぱいに夢中で虜だ。

「…ふふふ…」

自前の胸を揉みながら笑う。
いや、笑うしかない。
変態か俺は…と、溜息をついた瞬間、カタンと音がしてイルカはハッと音のした方に顔を向けた。
胸を鷲掴んだままの姿のイルカと、その姿を驚いたように目を見開いている男は。
里の誇るエリート。
ナルトの元上忍師。
はたけカカシその人だった。

「・・・・あれ?」

イルカの姿を確認し、ポカンとした男が入り口まで引き返して標識を見直す。
間違いなく【男】と書かれている標識に、唯一出ている片目をパチパチさせながら再度イルカをやった。
…しまった…。
ついついいつもの癖で男子トイレに入っていたイルカは、今の自分の姿を思ってカーッと顔を赤くする。

「すいません!!!」

顔を真っ赤にしたまま走り去ろうとしたイルカの腕を、片目の男が素早く掴む。

「…あの…」

何か言おうとする男に、被せるようにイルカが叫ぶ。

「ち、違うんです…!!ちょっと間違えて…」

アカデミー教師が痴女だと疑われ、お縄にかかるなんて許されたことじゃない。
なんとか逃げようとするが、掴む腕はますます強くなるばかりだ。
圧倒的な力の差に、今は女の身である自分を呪う。
もちろんこの上忍相手では、男の姿でも敵うことはないのだけれど。

「・・・・ッ・・・イタッ・・・」

思わず漏れた言葉に、男はハッとして掴んだ指の力を緩めた。

「ごめんーね」

掴まれていた腕を撫ぜると、イルカはオドオドと目の前の男を見上げた。
子供達に変化させられて、今の自分は一回り以上も小さくなっている。
この男に限って無体な事はしないとは思うが、万が一ということもある。
入口を塞いだままの男にどうすることも出来なくて、イルカはチラリと後ろの窓を見やった。

…飛び出せるか…?

この里のエリートの隙をついて。
今はチャクラも練ることが出来ない自分が。
ぐるぐると脱出の方法を考えていたイルカに、目の前の男が声をかける。

「…名前…」
「えっ!?」

思ってもみない問いかけに、イルカは思わず問い返す。

「…里で…見かけないから…」

男はボソボソと話しながら、照れたように片手で後頭部を掻いた。

「あの…イルカです…」

自分でも間抜けだと思うのだか、イルカはついつい本当の名前を答えてしまう。

「えっ!?…イルカ…先生?」

驚いた男が斜めにかけた額当を引き上げて、隠されていた瞳を開いた。
血のような赤い瞳がイルカを捉え、まるで確認するようにクルクルと回る。
こんなことに写輪眼を使うなんて…。
申し訳ないやら情けないやらで、イルカはフイと顔をそらそうとしたが、伸びてきた指に顎を掴まれて男の方を向かされる。

「あ、あの…」
「目、逸らさないで」

男から見ても綺麗だなぁと思う顔が目の前にある。
あ、睫毛も銀色なんだ…なんてどうでもいいことを思っていると、男が小さく首を傾げた。

「…チャクラが違う…?」
「あ、あの…ちょっと授業で…」

厳密には授業ではないが、うっかり子供達の術を食らわされた恥ずかしい事実を口にしたくはない。
本音を言えば、こんな姿になったのを知られたくもなかった。
小首を傾げていた男が、何を思ったのかイルカの腰に手を伸ばしてグイッと引き寄せた。
そのままイルカの耳元に顔を寄せる。
首筋に鼻を寄せられ、スンっと匂いを嗅がれる。
そういやカカシさんって物凄く鼻が効くんだっけ…なんて考えて我にかえる。
顔が、顔が近い!!!
逃げようと体を捻った先に、鏡に映る己の見つけて、イルカは絶句して身体を強張らせた。
男の腕に抱き寄せられて、首筋に顔を埋められている。
トイレなのに…。
あ、いや。
トイレは関係ないのだけれど、あまりの衝撃にイルカは頭にまで血がのぼった。

「離してください!!!」
「ん〜〜」

もがけばもがくほど締められているようで、身体が密着する。
逃げ場がなくてイルカはパニックになった。
怖い、怖い、怖い。

「嫌だ…!!…離せ…ッ…!!!」

狼狽えるイルカに、ようやくカカシは抱きしめる腕を緩めてニコリと微笑む。

「妙なチャクラを感じたから来てみたら…あんまりにも間抜け…」

クククと笑うカカシに、失礼なことを言われてるのにも気付かず、イルカは必死に主張する。

「カ、カカシさん!!! あ、あの!俺、本当にうみのイルカです…!!」

いまだ腰を抱かれているのを気にしながら、イルカは尚も言い募る。

「あの…信じられないなら綱手様に…」
「ん。…イルカ先生…チャクラが乱れてる?もしかしてちゃんと使えないとか?」

ズバリと指摘され、イルカはコクコクと頷いた。

「それは困りましたね」

神妙な顔をするカカシの腕は、いまだイルカの腰を離そうとはしない。

「日常生活に支障はありません」
「でも、こんな風に襲われちゃったら逃げられないでしょ」

グイッと身体を引き寄せられ、逆らおうと突っぱねた腕が折り曲げられてたたまれる。
せっかく離れた身体がまた密着した。

「わっ!!」
「女のあなたは小さいですね」

耳元で囁かれる言葉。
抱き込まれた身体に力が入る。

「・・・・や・・ッ・・・!」
「逃げられますか?」

冷たい口調に、イルカはギクリとしてカカシを見上げた。

「…カカシさん…?」

よほど青ざめた顔をしていたのだろう。カカシが宥めるように髪を撫ぜた。

「…なんてね。冗談ですよ」

ニコリと笑い、拘束している腕の力を緩める。

「馬鹿な冗談はやめてください!」

すぐさま飛び退いたイルカは、カカシから距離をとる。
その様はまるで毛を逆立てた雌猫のようだ。
そんなイルカの姿にカカシは笑いを堪え切れない。

「でも、心配です」

一歩カカシが近づくたびに、イルカは後ろに下がる。

「…何がですか…?」

ジリジリと後ろに下がり、とうとう身体が壁にぶち当たる。
もう後がない。

「うっかりまたこんな場面に行き当たったらどうするつもりですか?」

伸ばされる指から顔をそらす。

「…気をつけます」
「俺ね、しばらく休みなんです」

また抱きしめられてはかなわないと警戒するイルカに、カカシはのんびりと話し出す。

「イルカ先生が危ない目に遭わないように、傍に居ますよ」

ニコリと笑ったであろうその表情は、逆光でよくわからなかった。

「…お気持ちはありがたいんですが…一人で大丈夫です」
「でも危ないでしょ?」

あなた可愛いからと、訳のわからない事を呟いてカカシはイルカの頬に触れる。
ビクリと体を震わせたイルカに、カカシは一瞬驚いたような顔をして、小さく笑った。

「いや〜、脅しすぎましたね。大丈夫ですよ、もう怖いことはしませんから」

ボリボリと後頭部を掻いて、カカシは両目を弓なりにして笑った。
その姿はいつものはたけカカシだった。
これからはちゃんと男を警戒してください、などと忠告して背中を向けるカカシに、イルカは脱力してズルズルとしゃがみこむ。

「…何しに来たんだ…あの人……」

そのままコツンと壁にもたれかかったまま、ふーっと長く息を吐き出した。

「…怖ぇ…」

*****


ナルトの上忍師だったはたけカカシとは、割と近しい間柄だったように思う。
上忍でありながら気取ったところもなく、下の者に対して横柄な態度もとらず、人好きのする笑顔とどこか飄々とした仕草は、同じ上忍はもとより、中忍や下忍にも人気があった。
唯一の欠点といえば、どこかしこと構わずに読まれるエロ本ぐらいだろうか?
それでさえ、言い寄ってくるくノ一対策だとまことしやかに噂されている。
まぁ、百戦錬磨の木の葉のくノ一だ。
エロ本ぐらいじゃ怯むこともないのだが。
イルカとは何度も飲みに行ったり、教え子の上忍師だった頃はお互いの家も行き来した仲だ。
中忍試験の事件や、その後事後処理のゴタゴタでそれ以降は少し疎遠になった。
なので、彼に会うのは本当に久しぶりだったのだ。

「…それがこんな姿で、あんな目にあわされるなんてなぁ…」

なんとも頼りない自分の身体を抱きしめて、イルカは机に突っ伏し情けない声を出す。
見た目よりも遥かに逞しい腕の中に抱きすくめられて、ただの一つも抵抗できなかった。
あのまま個室に閉じ込められて、事におよばれていたらと考えるとゾッとする。

・・・怖かった。

チャクラすら練れない自分がもどかしい。
早く元に戻りたい。
一刻も早くだ。

「あぁぁぁぁ〜〜〜」

いきなり呻いたイルカに、隣の同僚がギョッとする。

「どしたよ、イルカ」

受付は混雑する時間を通り過ぎ、今は閑散としている。
まるで休憩時間のようなのんびりさで差し入れのお菓子をつまみ、お茶をすすりながら、同僚はチラリとイルカをみやった。
そんな平和な姿の同僚に、イルカは机に突っ伏したまま顔だけを同僚に向けて、恨みがましく口を開く。

「…さっき、男子便所に入ってたら…カカッさんに脅された…」
「へっ!?」
「チャクラも練れねーのに、警戒心なさ過ぎだってよ…」

クルリと再び額を机に押し付けて、まだ何かごちゃごちゃと呟きながら額を擦っている。

「いや…お前、それ突っ込みどころ満載なんだけど…」
「何がだよ」
「男子便所、入ったのか?」

呆れた物言いの同僚に、コクリと頷く。

「…その格好で?」
「仕方ねぇだろう!こちとら何十年も男子便所にしか通ってねーんだ!便所入って、『あれ?俺付いてない⁉︎』なんて毎回ビックリするくらいなんだよ!」

バンッと机を叩いて立ち上がったイルカは、力一杯叫んで同僚を睨みつけた。

「うわ〜。その姿でその言葉遣い、腹の底から萎える〜」

嫌そうに顔をしかめる同僚は、わなわな震えるイルカにシッシと手を振った。
途端にシュンとしたイルカは、力なく椅子に座りなおす。
激昂したせいで染まった頬に潤んだ瞳。その様はなんとも頼りなげで、ついつい手を差し伸べてやりたくなるほど儚げだ。
見た目だけだが。

「…で、便所ではたけ上忍に襲われた、ってわけ…」
「襲われてねーよ!!!」

みなまで言わせずイルカが牙を剥く。
そのままもう嫌だ!元に戻りたい!と力一杯額をぶつけ、再び机に突っ伏してしまった。

「あ〜、いやいや。そんなに怒るなよ。ま、これでも飲んで落ち着け」

宥める同僚が、のんびりとお茶をすすめる。

「忠告ありがたいじゃねーか。実は俺もちょっとヤバイかなぁとか思ってたんだよな」

パリッと煎餅を齧って、いまだ恨みがましい視線を向けてくるイルカを横目にみやる。

「…なんだよ…」
「最近、差し入れが増えたろ…?」

ほら、と受付の隅にあるお菓子コーナーを指さす。
確かに近年稀に見るほどの豊作だ。
そして、やたらと高級なものが多い。
しかも花束まで置いてあるのはなぜだ。

「あれ、全部イルカ宛て」

「はぁ?」

思いもよらない同僚の言葉に、イルカはポカンと口を開いた。

「姿は変わっても、その鈍チンは治らねーのな。ほんと、笑えるほど隙だらけ」

カラカラと笑って、同僚は惚けたままのイルカの纏めた髪をグイッと引っ張り顔を近づけ言い放つ。

「女体化したお前、めちゃくちゃ可愛いもん」
「・・・・・」
「相手は上忍ばかりだぜ」

貞操気をつけろよ〜と、意地の悪い笑みを浮かべた同僚に、先ほどのカカシの行為を思い出して、イルカは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

1頁目

【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても

2頁目

【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花

【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会

あなたの愛になりたい

3頁目

【その他】
Beloved One(オメガバース)
ひとりにしないで(オメガバース)
緋色の守護者(ファンタジー)
闇を駆け抜ける力(人外)
特別な愛の歌(ヤマイル風カカイル)
拍手文